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大阪

大阪散策第一弾〜歴博&大阪城

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遂に以前よりあたためていた計画が始動する時が来たねえ。

私は大阪に住んでかれこれ十数年になるけど、知らないところも興味深いところもまだまだ多い。
そんなわけでこのシリーズを計画したというわけだ。

今回はとある特権でいずれもタダで行けるのと大阪の歴史全体が大体分かるので大阪歴史博物館とそこから近いので大阪城へといって来た。

当初の投稿予定からあり得んぐらい時間が経ってしまったので今回は歴博編のみになります。

というわけで歴博であるが、ここは古代〜近現代までの大阪の歴史を史料の展示とあわせて立体的に再現しているのが特徴だ。
まず最初に訪れる古代のゾーンは主に歴博から見ることも出来る後期難波宮を取り上げて再現及び展示を行っている。古代の大阪というのは堺市などにも目を向けると古墳などが大量にあり、二度も難波宮がおかれるなどかなり重要な場所であったことが窺えるわけで、この周辺と難波津を中心に古代都市が形成されていたのではないかという見方もある。そんな古代大阪の一つの象徴である難波宮跡の発掘に大きく貢献したのが山根徳太郎先生だ。現在難波宮跡は公園として保存され、我々も見ることが出来るが、それは難波宮を発見し、その遺跡を「一度失われたら元には戻せない。」と、高度経済成長期の開発の波から守り抜いた山根先生の功績あってのことだということが分かった。
難波宮に関してはまた後ほど別の記事にて。

次の中世、近世エリアは中世に関しては町並みの再現模型があるくらいで(恐らく中世には大阪市地域はそんなに目立たなかったため)このエリアの重点はむしろ近世に置かれている。近世には大坂は天下の台所と呼ばれており、商業でおおいに栄えていたことはいうまでもないが、その様子がこれまた見事なセットで再現されている。その中に広島藩邸の模型があったが、宮島の厳島神社が再現されていた。これには宮島信仰の深さを改めて認識させられたねえ。これらも面白いのだが、やはり何といっても史料、特に文字資料の数が飛躍的に多くなることも見逃せない。文書もさすがに近世になると以前のように貴族などの限られた人達の間でのみ使われるというのではなく、民衆レベルの間でも使われるようになっていたということが展示資料からわかる。それだけ紙の値も下がってきていたといえるだろう。ただし、朱肉は身分の高い人しか使えなかったらしく、人別改帳などに押されているハンコは黒色であった。他にも文書を見ていて気づいたことだが、崩し字で書かれているものと、そうでないものが見受けられたが、一体その線引きは何なのかが結構気になったところだ。また、近世には今でいうところの観光雑誌やポスターのようなものも見受けられるようになっており、民衆の生活にもかなり活気があったことが窺い知れる。いっぺん見られるもんなら近世の大坂がどんなだったか生で見てみたいねえ(笑)

ちなみにこの日の特集展示は「まちの薬屋さん」だった。この時代薬といえば道修町が有名だが、詳しくは大阪散策で取り上げた時にまわすとしよう。


お次ぎは近現代、大大阪の時代だねえ。
このエリアもやはり巨大なセットになっている。当時の心斎橋筋商店街を再現しているわけだ。
なぜ心斎橋筋商店街かというと、当時町歩きが流行したらしく、特にここを歩くことを「心ぶら」と呼んでいたそうだ。今はかなり様子が変わっているが、やはり当時の様子、それ以前の様子をとどめているところもあるだろうということで大阪散策第三弾で使う予定だ。
後半部分は資料の展示で、近現代の主な建築や当時使われていたラジオや置き時計等それから文書等である。以前からも何度か歴博には来ているが、展示内容がくるたびに結構変わっている印象を受ける。これは全フロアにいえるのかそれとも他の時代と比べると残っている資料自体が多いことからその時々の時勢によってテーマを変化させているためなのかまでは確定的には分からないが、そういった点も博物館の面白いところだと思う。

それでは各階通じての感想だが古代、難波宮の時代から古代都市として栄え、一旦影を潜めるものの近世にはまた一大商業都市として、近現代にもその流れを受け継ぎ、日本の中核を担う大都市として発展してきた大阪の様子がそこに暮らしてきた庶民の様子や目線からよく分かったように思う。特に近世以降のところはそんな感じだねえ。遺跡は時代の流れの中でどのように守られていくべきなのか、各時代において我々のような庶民はどのように生きていたのかということを改めて考えさせられた。

もうちょい先に大阪城編、難波宮編と続きます。

では今回はこの辺で。
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